カメラを購入しようというのは、”写真を撮る”と言う行為に対して必要不可欠なのだが、モノとしての価値、愛でる対象でもある。まるで盆栽のように。
「間違いだらけのカメラ選び」という本がある。元大阪芸術大学写真学科客員教授 田中長徳先生の著書である。1993年なのでデジタルカメラの言及はない。カタログ的に読むようにしたい。決して、贔屓にしているカメラの項は見ない方がいい。田中長徳の主観だから。
写真は選択の芸術と言われるが、最終的に手にする”写真”に至るまでに、労力を強いられ、技能を要求される。そこには何やらトンデモナイ手技が存在し、才能が必要だと認識されているかも知れない。しかし、自己満足であれば自分の感性でこと足りる。では、職能としてはどうなのだろうか。残念ながら筆者は解を持ち合わせていない。写真で糊口をしのぐのであれば、こんなものを読んでいないでどこかのスタジオに潜り込み、泥だらけになって辛酸をなめるほうが良いだろう。
少々、乱暴だけれども知人のカメラマン数人の意見なので間違いないだろう。ただし、失礼ながら儲かってなさそうなのでその点は注意したい。とりわけ、報道カメラマン、なかでもスポーツカメラマンはどうなんだろうか。コマーシャルよりも知人が少ないので申し訳ないが、大昔と違って出版社での採用がない。よって、契約とかフリーとして作品を持って営業するようだ。一つ思い出したのは、婚礼のアルバイトのために、「ニコンF5」を買い増ししたという。そこまで必要ないのでは?という問に、「そうだよ、オーバースペックだよ。なんでプロがプロ機を使うかわからないの?」だった。
広告業界ではフォトレタッチをしてはいけない案件もあるそうだが、基本は画像処理を行う。その意味では、センスやそのモノに精通している方が有利だと言える。 それらを踏まえた上でカメラを選ぶとすれば、自ずと決まってきてしまう。フィルムの頃のようにカメラと戯れて仕事をすることは難しいし選択肢が少ない。
プロがフラッグシップを使うのは、プロっぽく見られたいからではない。見栄のためではないとすれば、お客さんのためだろうか。確かにそれはある。自分と同じ安いカメラで来られたら心配になる。先の答えは、撮影の間に壊れないことを優先しているのだ。


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