写真について考えることがある。その考えの置き場として、このブログを作った。
まず、技術や機材の話より先に、ひとつ整理しなければならない。
それは、写真をどう見てきたか、という自分自身の話だ。
三十年ほど前、「読んだ」というより「眺めた」と言ったほうが正確な本がある。
タイトルも曖昧で、今となっては手元にもない。ただ、その本をきっかけに、一人の作家に出会った。
誰なのかは、ここでは書かない。
その作家の魅力を説明することは本業ではないし、今はまだ、その段階でもない。
一時期は、かぶれたように真似をした。
だが、それが上っ面でしかないことには、ほどなくして気づいた。
その後、好きな作家が増えていったが、作品集が異例なほど少ない写真家がいる。クレジットに並ぶのはきわめて簡素な機材で、田中長徳が感心していたことを覚えている。
学生時代、担当教官は多作を求めるタイプではなかった。
それでも振り返れば、自分は劣等生だった。被写体を見つけることも、写真表現に思いを馳せることもなく、ただただ、自責と取るに足らない自尊心の喪失を感じていた。
これは今も変わらない。同級生や後輩の活躍を、素直に喜べない自分がいる。嫉妬も含まれているが、果たしてそれだけだろうか。何かを恐れていたのではないか。
そもそも写真とはなんだろう。
これは案外、大きな問いだと思っている。日々、無数の写真を消費している我々にも、最低限の見方は必要だろう。
もっとも、ここで写真論を展開するつもりはない。
評論や体系化は、そうした仕事をしている人に任せればいい。
一般の消費者として写真と向き合うなら、基準はもっと単純でいいはずだ。
ひとまず、今のところの答えだけを書いておく。
写真は、小難しいことよりも先に、
面白いか、面白くないか。
ただし、この言葉は便利すぎる。
「写真とは何か」私にとって明確な答えを与えてもらったことはない。
だが、写真を見た時の感想や読むことは出来る。
少なくとも、私はそうやって関わって来た。


コメント