学ぶのはいい。でも学問にしなくていい。

「ミラーレスは持て余す…」デジカメ初心者たちが重宝する「高級コンデジ」の魅力

古い記事だが気になる点があったのでお付き合い願いたい。文中「カメラを学んでいき…」とあるが、カメラを学ぶとは? カタログが読めるようになりたいのだろうか。それともシルエットだけで機種名を当てたいのか。

意地悪はさておき、「カメラを教えてください」と言われることがある。もちろん、写真のことだと脳内で変換するが、何を撮りたいのかで答え方が変わってくる。

当たり前のことだが、「写真を手にする ← 写真を撮る ← カメラシステムを選定する ← カメラシステムの知識 ← 動機」

おおまかな流れを逆にしてみた。重要なのは「望む写真」を手にすることなので、カメラは「条件の一部である」と言える。

車で例えてみよう。車の構造を理解することで運転が上達するのだろうか。また、技術を磨くことは、速く走ることだけだろうか。それは、事故を起こさない、同乗者を不快にさせないなどプロのレーサーの技術とは違う。写真にも同じようなことが言えるのではないだろうか。

ミラーレスに限らずカメラ選びはフィルム時代に比べ難しいと思う。まして、モデルチャンジの度に高額になっていく。システムカメラだからといって、広角レンズから望遠レンズまで揃える必要はない。改めて何を撮りたいのか。どんな写真が必要なのか。それによって必要な機材、知識が決まる。カメラを学ぶということは、理工系の大学生も驚くほど広範囲に渡る。また、フィルム時代と違って、撮った後の画像の管理も無視できない。

とは言え、スマートフォンからステップアップしたいのであれば、標準レンズを勧める。比較的安価で、被写界深度を理解するのに向いている。何も「ぼかす」ためではない。ピントの合う範囲を把握するためだ。

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