フィルムからデジタルへ:変わる写真作法とは

写真はダゲレオタイプから湿式コロジオン法によって普及した。簡単に言えば、感光材料が塗布されている紙、印画紙のことを出自にならって写真とする。つまり、画像と写真は分けて認識する必要があると仮定する。

例えば、広義の意味においての写真とは、パソコンやスマートフォンに格納されている画像も含み、入力された信号を取り出し、処理したものを再び組み直す。乱暴だが、フィルムもデジタルも本質的には同じである。

では、インクジェットや写真用サーマルプリンタはどうか。大まかな分類では、オフセット印刷の類であり、あくまでも印刷物である。サーマルに関しても、ドットの濃度を変えているので印刷物といえる。しかし、印画紙に比べて中間の再現域は狭く、黒白写真では階調だけで表現するため、モノクロ写真の良さを知る者が納得できるかは疑問である。

とは言え、感光材料が優秀だったかどうかは定かでない。それぞれの特徴を理解した上で利用すればよい。ここまで「印画紙を写真」としてきた。しかし、現在、街からすっかり消えた「写真屋さん」の機械は、フィルムをデジタル化しLEDで露光する。化学処理を必要とする印画紙ではあるが、データをLEDで焼き付けている。いいとこ取りと断言は出来ないが、デジタルと銀塩のハイブリッドである。このシステムはどう解釈すればいいのだろう。

銀塩写真が過去の遺物になってしまったことは懐かしい。また、漬物石にもならない我が家の写真機とレンズを眺めるにつけ、昨今のデジタルカメラの作法とは随分変わったと感じる。写真の本質や価値が変化したことを、あらためて考えずにはいられない。

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